様様対談

「しがみつくもの」に出会って ― 鈴木智貴さんインタビュー

長い年月をかけて治療院に通い続け、いまはたい焼き屋さんで働きながら「自分の店を持ちたい」と語るようになった鈴木智貴さん。ここに来たばかりの頃のこと、外の世界に出てからのぶつかり合い、そしていま見えているものについて、則子さんがお話を伺いました。

対談メンバー
・鈴木智貴さん(聞き手からは「智貴さん」)

・竹内広史先生(以下、広史)

・竹内則子さん(以下、則子)

「しがみつくもの」に出会った

則子 智貴さん、ここに来たばかりの頃、私たちにどんな印象を持っていましたか?

鈴木 「やっとしがみつくものに出会えた」という感じでした。助かった、とまでは思いませんでしたけど、とにかくしがみつけるものが見つかった。竹内先生と則子さんには迷惑だったと思いますけど、そう感じたのを覚えています。則子さんは、観音様に見えました。

「試し」の数年間と、静かな「治ります」

則子 私から見ると、最初の頃の智貴さんは竹内先生に音楽のことでたくさん質問をして、「この人はこれがわかる人かどうか」と先生を観察しているように見えました。そういう感じはあったんですか?

鈴木 ありました。最初はしがみつくだけで安心していたんですけど、少し落ち着くと、「本当に大丈夫なのか」といろいろ試すようになって。それが数年は続いたと思います。竹内先生にストレスをぶつけては、反応を見るようなところがあったと思います。

則子 音楽の話でカマをかけるじゃないけれど、「この人は本当に信頼できるだろうか」と。

鈴木 音楽の話を聞いても、この人は僕より頭が良いから、騙されるかもしれないと思ったりして信頼できるかどうかはわからないんですよ。むしろ「こういうことを言ったら怒るかな」ということをやっていた気がします。それはたぶん、僕が親に対してやっていたことなんです。親を試すのと同じことを竹内先生にもやっていたのかなと、後になって思いました。とにかく温かいもの、信頼できるものを一生懸命探していたんだと思います。今、自分のやっていたことを言葉にすると、そんな感じかなと。

則子 ここで変わったという瞬間がありますか?

鈴木 あります。「僕は本当に治るんでしょうか」と少し怒って聞きに行ったときです。竹内先生が静かに「治ります」と言ったんです。勢いで言っているのか、自分が何を言っているのかわかっていないんじゃないかと、パッと顔を見たのを覚えています。でも、わかっていない人の顔ではなかった。それで「これは……」と思ったんです。治療をしている人には、わかっていないまま「治ります」と言う人も普通にいますから。

広史 「本当に治りたいなら治りますよ」と言ったのだと思う。この人の「純真さ」を感じることが出来たからね。

外の世界へ ― ぶつかりながらも辞めずに

則子 智貴さんはこれまでに4つほどアルバイトをしてきましたよね。本当は勉強がしたかったところを、竹内先生が「飲食をやったほうがいい」と強く勧めて。

広史 体を動かして働いたほうがいい、とね。

則子 最初はかなり抵抗がありましたよね。「治ります」と言われてからバイトを始めたんですか?

鈴木 その後ですけど、言われてから実際にバイトを始めるまでは、結構間が空きました。10年くらいかかったかな。

広史 外の世界に出るような状態じゃなかったからね。そもそも外の世界に閉じていた。

鈴木 出てからも、周りにはずいぶん迷惑をかけたと思います。自分でも考えられないほど嫌な人間になっていたので、人とだいぶ衝突しました。だいたいどこでも殴り合いの喧嘩をしました。

広史 そう、雇ってくれているところから電話がかかってくるんだよ。

則子 今のたい焼き屋さんでも、最初は少しありましたよね。

鈴木 どっちが先に手を出したかは覚えていません。自分で記憶を消しているのかもしれない。「この人とはぶつかるな」と思った相手とは、だいたい後で殴り合いになりました。だからそのうち、危ないと感じたらなるべく距離を取るようにしました。最初から必要最低限のことを紙に書いて「お願いします」と渡して、スッと向こうに行く。

則子 そうやって工夫しながら、辞めずにここまで来られたんですよね。

鈴木 辞めなかった僕が偉いのか、辞めさせなかった雇い主が偉いのか、微妙なところですけどね(笑)。でも、一生懸命やっていたので、先輩の中には「こいつは一生懸命やってるんや」と言ってくれる人もいました。

則子 周りの方に恵まれたんですね。

鈴木 はい。雇い主がいいところをちゃんと見てくれたのが大きかったです。「ちゃんとやっているのを見ているよ」というメッセージを伝えてくれた。今思えば、あれは意識してやっていたんだと思います。人にはこうやって接するんだな、と思ったのを覚えています。

いまの目標 ― 自分の店を持つこと

広史 以前、「歩いていて花に目が行くようになりました」と言っていたことがあったよね。

鈴木 それはだいぶ昔の話ですね。今は花は本当にどうでもいいです(笑)。

広史 じゃあ今は、何がどうでもよくない? ちゃんと働いて、自分で店を持ちたいとか、そういうことかな。

鈴木 それはここ一週間の話です。

広史 ハハハ。

則子 今はもう、あんこ作りからフロア、焼き手、かき氷、焼きそばまで、ひと通り全部できるんですよね。

鈴木 一応できます。でも、お店をやるとなると話が変わります。これまでは、一緒に働く人や雇い主という特定の誰かと信頼関係を作ってきました。これからは、買ってくれるお客さんと、ある程度の信頼関係を作っていかなければならない。段階がかなり違って、難しくなるだろうなと思っています。

命をつないでくれた「誰か」

則子 智貴さんがこの治療院に来て、通い続けられた根本には、「誰かはわからないけれど、知らない誰かに安心をもらったことがある」というお話がありましたよね。

鈴木 本当に追い詰められていた時期に、なんで自分は死ななかったのかなと考えたことがあって。そのとき感覚的に出てきた結論です。頭で考えた結論ではないんですが、どこかで切れずにつないでくれた人がいる、と思ったのを覚えています。3歳前に可愛がってくれたおばあちゃんだったのか、誰だかはわかりません。たぶん、血のつながっていない人です。

広史 面白いもんだね。

則子 竹内先生もそうですよね。血のつながっていない人に抱っこされた安心感があるから、この治療ができる。

広史 先生にそう言われたね。

鈴木 もしかしたらこの人かな、と思う人はいます。僕は1歳のときに沖縄へ行ったんですが、物心つく前に、官舎の隣の家のおばちゃんがすごく可愛がってくれたというんです。「このおばちゃんがね」と写真を見せられたのは覚えています。でも記憶には完全にない人なので、想像するだけです。

則子 きっとその方かもしれませんね。沖縄だと、近所の人が抱っこしてくれるのもありえますよね。

鈴木 うちの母とは全然タイプの違う人なんです。僕を見ている顔が、母の顔とは全然違う。

広史 これから鈴木さんがたい焼き屋さんを独立して始めて、「あそこのたい焼きを食べたおかげで死なずに済んだ」とか、「あの人の顔を見たおかげで悪いことをしないで済んだ」とか、そういう人が出てきたら、彼自身の人生にも意味が出てくるよね。誰だか知らないけれど見えないところで誰かを支えている人、「陰徳」というのかな、そういう存在になれたらいいね。

則子 本当にそうですね。その方がいたおかげで、辛いことはたくさんあっても、それが土台にあった。それが本当に大きかったんですね。ここだって、たい焼き屋さんだって、「わけがわからないから辞めてしまえ」となれば辞められたわけですから。

鈴木 竹内先生と則子さんを裏切るようなことだけは、したくなかったんです。

見えるようになる辛さ、背負って強くなること

鈴木 最初は何が何でもしがみつく段階でした。辛かったのは、安心をもらって落ち着き、頭で考えられるようになってからです。明らかに、わけがわからなかった。

則子 頭で考える余裕が出てくると、来たばかりの頃よりかえって辛くなるんですよね。

鈴木 いろいろなことが見えてくると、見たくないものも見えてくる。見えないほうがいいと思うこともありました。うちの父も母も、人間関係のような面倒なことには「臭いものに蓋」で、見なくて済むなら見ないに越したことはない、という感じで生きてきた人たちなので。

広史 でも、その結果をあなたは見てきたからね。

鈴木 そうですね。ちょっと、あまりにも大変だったので。

広史 見ないで済めばもちろんいいんだけど、引き受けるしかないことは引き受けるしかない。先生の言葉で言えば、背負って強くなる。強くなるしか道はないと先生はおっしゃった。確かにそうだろうね。そういう意味では、智貴さんは確かに強くなってきた。そして、今はお母さんも、「良くなりたい」とここ(広史鍼灸院)に通われて来られているしね。

則子 本当に、この頃いつもいいお顔をされていますよね。目が輝いていますものね。

広史 前を向いている顔だよね。優しさがストレートに表れるときがあるし、この人にしかない優しさを持っていると感じさせてもくれる。それは大きなことだよね。

ご縁ということ

鈴木 ありがとうございます。けれど、自分の力ではどうにもならないものがあるのは感じます。

広史 それは本当にそうだよ。僕も先生に出会ったとき、「自分が努力したから先生に出会えたとは、とても思えないんです」と言ったんだ。そうしたら先生が「竹内さん、心配しないで。私に出会ったところまでは、あなたの前の人たちのおかげ。私に出会ってからが、あなたのもの」って。本当にそうだと思う。「ご縁」というものはそういうものだと思う。

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しがみつくことで安心し、試すことで信頼を確かめ、ぶつかりながらも働き続けてきた鈴木さん。その土台には、顔も思い出せない誰かがくれた温かさがありました。いつか鈴木さんのたい焼きが彼自身が、誰かにとってのそんな存在になる日が来るに違いないと思っています。