部分ではなく、人間を全体として見る

竹内正人
医学博士
リハビリテーション専門医・指導医
タムス浦安病院 院長代行
一般社団法人ICFリハケア推進機構 理事長
先生との出会いから、医学、リハビリテーション、そして次世代へ
高校時代に出会った一人の先生。その存在は、その後、医師となった竹内正人さんの「人を見る目」の原点となりました。
心身医学、老年医学、リハビリテーション医学を学び、臨床の現場に立ち続ける中で、「部分だけを見る医療」ではなく、人の身体、心、生活、社会、そして時間の流れまでをつなげて考えることの大切さを感じてきたといいます。
今回の対談では、先生との出会い、医学との関わり、実際の臨床、そしてこれから何を社会に伝えていきたいのかについて語り合いました。
高校三年生の終わり、先生と出会った夜
正人:
先生との出会いは、高校三年生の終わり頃だったと思う。
当時、先生が兄の住んでいた質素な家に滞在されていてね。先生と私と兄の三人で、川の字になって寝た夜のことを覚えてる。
それから、兄に即席の中国語を教えてもらって、先生に何かお願いしたことも覚えてるな。
もう一つ、とても印象に残っているのが、先生と二人きりになった時のこと。
言葉もほとんど通じないのに、こたつを挟んで向かい合って座っていた。会話も成り立たないんだけど、不思議とその時間を今でもよく覚えてる。
先生が座ったまま、ゆっくり身体を動かしていたんだよね。

広史:
先生がやっているところを実際に見たんだ。
正人:
そう。その時の先生は、なんというか、ものすごく気品というものを感じさせていただいた。
それで翌朝、人生で初めて寝違えたんだよ。
それまでの自分は、頭で考えることばかりだった。その夜は不思議なくらい安心して深く眠ったんだけど、翌朝首が固まっていてね。
今振り返ると、「頭と身体がつながっていないよ」ということを、自分の身体から初めて教えられたような経験だったのかもしれない。
そういう意味では、先生と出会えたからこそ、今まで医者として生きてこられたし、これからも医者として生きていけるんじゃないかと思っているところがある。
「医者として歩んできた道」の原点
正人:
結局、先生に会ったことは、自分が医者として歩んできた道の原点だったと思うんだよね。
医学もそうだけど、物や命、人間を「全体として見る眼差し」というのかな。それは言葉で教わったこと以上に大きかった。
広史:
あの頃はもう、医者になることは考えていたんだよね。
正人:
医学部を受けようと思っていたか、もう受けていたかは覚えてないけど、少なくとも「医者」という考えはあったね。
医学部に入った最初の頃は、友達ともなんとなく付き合っていたんだけど、ある時、「自分が寂しいから人と付き合っているだけじゃないか」と思ったことがあった。
それで一度そういう付き合いをやめて、自分が本当に良いと思うもの、自分自身が取り組んでいるものに人が集まってくるようなことをしたいと思うようになった。
そこから、大学で研究会を作ったんだよね。
山口大学の医学部で始めた研究会
正人:
最初に作ったのが、山口大学医学部の気功養生学研究会。
同級生や後輩はそれほど多くなかったけど、上の学年の、かなりエネルギッシュな人たちが集まってくれた。
近くの看護系の学校の学生も来て、一緒に活動していた。
広史:
先生も来てくれたよね。
先生は今でも「あの時集まっていた人たちは非常に良かった」と言っているよ。
正人:
うん。良い人たちが集まってくれたと思う。
ああいう時って、それぞれが自分では意識していなくても、何かを本気でやっていると、その人が少し輝いているんだと思うんだよね。
それで、その輝きに人が惹かれてくる。
広史:
後から写真を見ても、そういうものを感じるよ。
みんなが先生の持っている何かに触れて、それぞれが輝いているように見える。
正人:
ただ、その研究会は継いでくれる人が医学部を辞めてしまったこともあって、続かなかった。
それでその後に作ったのが、山口大学医学部の心身医学学習会だった。
当時の医学は、かなり「臓器医学」的だったからね。そこに心身医学や東洋医学的な視点をつなげていきたいという思いがあった。
心身医学、老年医学、そしてリハビリテーションへ
正人:
その前後には、老年医学にも興味を持つようになっていた。
当時はまだ今ほど老年医学というものが一般的ではなかったけれど、「これから必要になる」と感じて、自分で勉強しに行ったりしていた。
父が新聞の切り抜きを見つけてくれて、小倉で心身医学の先生方の講演があると知って、母と二人で行ったこともあった。
そこで出会った先生から老年医学を学んだり、心身医学の講演を受けたり学習し続けたりしていく中で、リハビリテーション医学にも出会った。
広史:
本当にいろんな経緯を通ってきているよね。
今、自分の医学と先生から学んだものとの関係をどう考えてる?
正人:
一番大きいのは、やっぱり先生の存在だと思う。
東洋医学をやっていた兄がいて、心身医学の先生たちとの出会いもあった。
そういうこと全部を通して、「部分的で、表層的で、目先だけを見るのではなく、全体的で、本質的で、先を見ながら人を見る」ということを大切にして歩いてきたんだと思う。
最近は特に、高校生の時、こたつを挟んで先生と向き合っていた自分に戻っていくような感覚もあるね。
人は「つながり」の中で崩れ、「つながり」の中で回復する
正人:
リハビリテーションをやっていると、「人の一部分だけを見て、本当にその人を理解できるんだろうか」と考えるようになる。
心身医学、老年医学、リハビリテーションと進んできて強く感じたのは、人は、悪い意味では「つながり」の中で崩れていくし、「つながり」の中で回復していく存在なんだということ。
広史:
存在そのものが、ということだよね。
正人:
そう。
身体の中にもつながりがある。心と身体にもつながりがある。
人と人、人と生活、人と社会にもつながりがある。
だから今は、「動く」「食べる」「生きる」という視点から、その人が本来持っている力を引き出す医療を追求している。
もう一つ大切にしているのが、「脳を整え、脳を育む」というリハビリテーション。
単に身体の機能を回復させるだけではなくて、自分を知り、他者を知り、状況を知って、自分の行動や感情をコントロールできるようになる。
人が、人間らしく生きていくところまでを考えるリハビリテーションだね。
先生のものを、医学的に「翻訳」して伝える
昭広:
実際、先生から教わった動きを患者さんに使う時は、どう説明してるの?
正人:
説明するよ。
その人にとって本当の問題は何なのか、今の課題は何なのか。それと結びつけて、「なぜこの動きをするのか」「どういう効果を期待しているのか」を説明する。
例えば「その場で一定のテンポで走る」という運動を勧めるとしても、「先生がそう言ったから」だけでは患者さんは続かない。
だから、自分が知っている西洋医学的な知識を使って、その人が理解できるように説明する。
広史:
その方が一般の人は続けられるよね。
「知識がない」のではなく、「知識がつながっていない」
正人:
先生が何かを話してくれた時、今まで自分が臨床で疑問に思っていたことや偶然勉強していたことと、急につながることがあるんだよ。
「これはどうしてなんだろう」と思っていたバラバラの知識が、先生の一言で「ああ、これか」とつながる。
逆に、先生が言ったことを聞いた瞬間に、今まで学んできた知識を全部総動員して、「医学的にはどう説明できるんだろう」と考える習慣もついている。
昭広:
つまり、現象として知られていることはたくさんあるけど、今の西洋医学ではそれが統合的に説明されていない、ということ?
正人:
そう。「つながっていない」というのが大きい。
西洋医学では、客観的なデータや統計で示せるものは非常に重視される。
それはもちろん大切なんだけど、そこに出てこないものは「エビデンスがない」として扱いが低くなりやすい。
でも実際の生活の中には、そういうところに大事なことがたくさん隠れている。
広史:
知識自体はバラバラにあるんだよね。
正人:
そう。
医者が意外と知らないのは、「生活」なんだよ。
もっと言えば、「自分が生活のことを知らない」ということを知らない。
患者さんやご家族は、医者なら知っていると思って相談するでしょう。
でも、「認知症の家族が夕方になるとこうなるんです」「こういうことで困っています」と相談されても、その生活場面をどう見ていいのかわからない医者は少なくない。
「徘徊」というラベリングではなく、何が起きているかを見る
昭広:
例えば「徘徊する人」だったら、おじさんはどう見るの?
正人:
まず、「どういうふうに徘徊しているの?」って聞く。
「徘徊」という言葉だけでは見ない。
行動を一つのエピソードとして分析する。
どんな状況で起こるのか。何をキッカケとして起こったのか。本人や家族やスタッフはそれぞれ、何と考えたり言ったりしていて、どのような行動をして、その結果どうなったのか。
例えば「夕方になると急に席を立って、『家に帰る』『仕事に行く』と言い始める」という人がいる。
そこで、水分摂取が不足していないか、脳の機能が夕方に落ちていないか、人が少なくなる時間帯に孤独や不安が強くなっていないか、と考えていく。
そして、その人が昔もっとも輝いていた時代や場所——仕事をしていた時代、子育てをしていた時代、昔住んでいた場所——に意識が戻っているのかもしれない。
ところが現場では、それらを全部まとめて「徘徊」とラベリングしてしまうことがある。
「徘徊だから止める」。止められた本人は当然抵抗する。それを「暴言」「暴力」と呼んで、さらに薬で抑えようとする。
そうすると、本当にその人に何が起こっていたのかが、ますます見えなくなってしまう。
同じ患者さんでも、関わる人によって状態が変わる
正人:
さらに面白いのは、スタッフによって患者さんの状態まで変わることがあるんだよ。
あるスタッフの組み合わせの時は病棟がものすごく穏やか。
ところが別のスタッフの組み合わせになると、病棟全体が「ナイト・サファリ」みたいになる(笑)。
広史:
同じ患者さんなのに?
正人:
同じ患者さん。
スタッフがイライラしていたり、感情的になっていたりすると、それが患者さんにも伝わっていく。
だから、その患者さんだけを見るんじゃなくて、その人に関わっているスタッフや環境も見る必要がある。
その人にどう対応するかだけじゃなくて、スタッフにどう伝えればいいのか、環境をどう変えればいいのか、その先にどんな変化が起こるのかまで考える。
そういうものが、時間と空間の中で一つにつながって見えてくる感覚はあるね。
過去から未来を見て、未来から現在を方向づける
正人:
自分が人を見る時に大切にしているのは、時間の流れもそう。
目の前の「現在」だけを見ない。
過去に何があったのかを聞けば、その人がこの先どうなっていくか、ある程度想定できることがある。
未来を予測できれば、現在をどう方向づけるかを考えられる。
そして現在から振り返ることで、「過去のあの出来事には、こういう意味があったんだ」と意味づけることもできる。
だから、過去から未来を想定し、未来から現在を方向づけ、現在から過去を意味づけする。
人を診るには、そういう時間の流れも必要なんだと思う。
広史:
西洋医学では、そういう個人の物語を全部入れていくと統計にしにくいからね。
正人:
そう。
「この人がどんな人生を経験してきたのか」ということまで一つ一つ入れたら、単純な統計にはできない。
でも、実際の一人の人間を見るには、そこが大事なんだよね。
情報と情報の関係が見えてくると「意味」が立ち上がる。
意味と意味がつながると「物語」になる。
過去の物語を紡ぐことができれば、今を深く見ることができる。さまざまなことをつなげて見ることができる。すると何が本当に重要かを引き出すことができる。そうして未来の物語を描くことができる。
先生との出会いで「見る世界」が変わった
昭広:
先生から学ぶことで、そういう見方ができるようになったの?
正人:
自分としては、「見る世界が全然違う」という感覚がある。
知識ももちろん使うんだけど、知識だけじゃない。
目の前にいる人、その人を取り巻く環境、スタッフ、その人の過去や今後まで含めて、一つのものとして見るようになっている。
広史:
先生の練習を受けてきたことが大きいんじゃないかな。
先生は身体だけじゃなくて、その人の歴史や生活を含め、全体を受け取って見ている。
そういう「全体を受け取る」ということを、正人は身体で学んできたんだと思う。
正人:
そういうところはあると思う。
できることを社会に出さなければ、先生のことも伝わらない
正人:
実際、いろいろやっているうちに、共通する背景の理論みたいなものも少しずつ見えてきてるんだよね。
いろいろな問題は別々に見えるけど、実は共通しているものがある。
それを、みんなが使える形で伝えられるようにしたい。
広史:
今はそれを構築している途中?
正人:
構築中だね。かなり形にはなってきているけど。
周りから「本を書いてください」と言われることもあるんだけど、まだできていない。
深いものと一般の人との間に「橋」が必要
広史:
先生のものは深い。
でも、深いものがそのまま一般の人に届くとは限らないんだよね。
だから、間に橋が必要なんだよ。
先生の深いところと、一般社会との中間で仕事をしている人。
医学の世界にいる正人もそうだし、それを編集して伝える昭広もそう。
それぞれが自分の得意なところを生かせば、一つのものになる。
正人:
確かに、先生から学んだ基準のようなものを、自分なりに医学やリハビリテーションとつないで、次の世代や多くの人に伝えていきたいとは思う。
自分がやっていることを整理すると、一つは「動く」こと。
余計な動きがなくなって、身体の動きが良くなると、不安が少なくなることもある。
二つ目は「食べる」こと。
そして三つ目は「生きる」こと。
身体を大切にしながら、人間がどう生きるかというところまで含めて、医学をもう一度位置づけ直すようなものを提示していきたい。
「普通さと自然さを取り戻す」
広史:
今、広史鍼灸院の施術理念として出しているのが、
「普通さと自然さを取り戻せれば、良くなる」
ということなんですよ。
正人:
ものすごく素朴な言葉だよね。
でも、深い。
昭広:
僕たちみたいに先生のことを知っている人にはわかるけど、初めてホームページを見た一般の人が、この言葉をどう受け取るかは考えないといけないよね。
「何を言ってるんだろう」と思うのか、「こういうところなら行ってみたい」と思うのか。
広史:
普通の人は、「普通さと自然さを取り戻せば良くなる」なんて、そもそも考えていないからね。
正人:
だから、そこを通訳する必要があるんだよね。
自分なら、「普通さとは医学的にどういう状態なのか」「自然さとは医学的にどういうことなのか」と考えて説明することができる。
広史:
深いものを、深さを失わずに伝わるように伝える。
それがこれからの仕事だね。
それぞれのできることが、一つにつながっていく
広史:
人間っていうのは、先生も言っているように、それぞれができることをやって、初めて一つになるんだと思う。
正人は医学の言葉でつなぐことができる。
昭広はそれを一般の人に伝わる形に編集することができる。
私には私のできることがある。
それぞれの力が生きれば、大きなものになる。
正人:
先生から学んだものを、そのまま残すだけではなくて、自分の医学や臨床の経験とつなぎながら、自分なりに次の世代に伝えていきたい。
自分が高校生の頃、こたつを挟んで先生と向かい合っていたあの時間から、ずっと続いているものがあるんだと思う。
医者として患者さんを見る時も、結局は同じなのかもしれない。
目の前にある一つの症状だけを見るのではなく、その人の身体、心、生活、周囲の人、過去、現在、未来までをつなげて、一人の人間として見る。
そういう医学を、これからも追求していきたいと思っています。
